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ーーううん!
咳払いと言うには言葉然としすぎた何かが聞こえて、逸と敬吾はしまったというような顔をし、シヅはにやにや笑っている。
居間で放っとかれている祖父の雄三であった。
「じさま来おってだ、行ぐべが」
分かっていて焦らしていたシヅは楽しげである。
居間への引き戸を開けるとやはり温かい空気と時代劇の主題歌、煙草の匂い。
「じいちゃーん」
雄三は逸に呼びかけられてやっと振り向いた。
「おう。いっつど敬が。来ちゃあったのが」
「ば」
呆れたような感嘆詞ーーらしいーーを口にして、シヅは盛大に舌を出して見せている。
「あだれあだれ、しばれったべ。バアお茶っこ」
「はいはい」
「じいちゃん元気だった?」
「変わりねくてだ。おめさんど方あ」
「元気元気」
やっと姿勢を正しつつ灰皿を寄越してくれるあたり昔人だ。
「いっつぁ方ぁどうだったのよ、アメリカ」
「スペインね?」
そして海外といえばアメリカなのである。
「それで思い出した。お土産お土産」
「まだが。貰ったべだら」
「じいちゃんがワイン気に入ったって言ってたからさぁ」
「ばっ、おら喋ってねぇぞ」
「ばあちゃんが言ってた」
「ざー!これこのババア!」
「誰あんてにうんめうんめ喋ってでがら、照れんなでばいい年してでがら」
老夫婦が馴染みの言い合いをしているうち、敬吾はさっさとワイン、それからタブレットを取り出していた。
「まあまあ喧嘩しないで。これワインね、じいちゃんいらなかったらばあちゃん飲んでね」
「ぬ……」
「あらまあどうもねえ!これ果物漬けでもうんめの?」
「あ、そうそう!ばあちゃん絶対うまいの作るな」
「敬吾さんてほんと猛獣使いっすよね」
逸の言も一旦無視である。
「んでこれ」
「「ほーー」」
実は四ヶ月ほど前、逸の次兄に第一子が誕生していた。シヅと雄三は次兄夫婦とも仲が良いのだが、まだ長距離移動は厳しいので今年はそれぞれの実家にだけ顔を出す予定らしい。ということでこの家にはタブレットが持ち込まれた。無論逸と敬吾としては進呈して帰るつもりである。
「顔も見れるってだけで使い方は電話と一緒だから。かかってきたら受けて」
「ほおん?」
「ちょっと俺かけてみる?」
揃ってこくこくと頷く老夫婦に、しばしタブレット講座が開催された。
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