呼ぶ家風

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「小池商店」はまさにいわゆる「田舎の個人商店」だ。 入り口は銀色の引き戸で、レジカウンターの近くには常連さん用のドーナツ椅子があって、やたら大きな食器用洗剤筆頭に酒もお菓子も日配も所狭しと並んでいる。 店番はシヅと同年代に見える白髪の男性で、閉めていると落ち着かないので開けているらしい。とはいえこのように気まぐれに訪ねる客あり、里帰りしてきた孫に出すジュースが足りなくなったと慌てて買いに来る客あり、なんだかんだ開いていてくれるとありがたい。 シヅと敬吾の他に客はいなかったが、二人が店を出ると駐車場に一台車が入ってきた。知り合いらしく、シヅの顔を見て運転席の女性はぺこりと頭を下げた。 「明けましておめでとうございますー」 「おめでとうございますー。しばれんねぇー」 「ほんとですねー」 女性の訛は軽かった。話の流れを聞いているとどこか──と言っても街の中心部あたり──から嫁いできた人のようだった。彼女の義母とシヅが茶飲み友達らしい。 「主人の弟夫婦が帰ってきてるんですけど、そこの子が高校生でー、育ち盛りの男の子ってあんなに食べるんだねぇ!もう料理全っ然足りなくて慌てて買い出しさ」 「あらまぁご苦労さんねぇ、男わらすづのはそうなんだー、米ば一升も二升も炊がねばよ」 「ねー、本当に……、……おばあちゃんこちらは?」 「ん?ああ!んだんだ!うぢの敬ちゃん!」 (敬ちゃん……) なお、小池商店の店主には「どごの男前だ?」と尋ねられて「おらえの孫よー」と返し、「そんかー」だけのやり取りであった。すっかり身内気分だったからか紹介も忘れ、出てきたのが「敬ちゃん」だったので敬ちゃんは驚く。 「えっと、もしかして、お孫さんの──」 「あ、はい。連れ合いです、初めまして」 「うぢの宝孫よぉ」 「うわー、初めまして、本当だったんだねー」 「はい?」 「あっいえいえ、同性の……パートナー?だって聞いてたんでぇ」 「はあ」 「はあ」 「えっ」 最初の気の抜けた「はあ」は敬吾、次のどすの効いた「はあ」はシヅ、驚いた「えっ」は敬吾である。女性はやや面食らっていた。 「ほんだばなんなのす?」 「えっ?」 「同性のぱーとなー?だど聞いでだったがら、などしたのす」 「えっ?」 女性は助けを求めるように敬吾を見た。訛ならば敬吾よりも理解しているだろう。困っているのは他の点だ。なぜこっちを見る。 「大したもんだ」 シヅの声はまだ冷たく、そして言葉のやり取りになっていなかった。する気がなくなったのだろう。 「今度京ちゃんさどんたな嫁教育すったんだが聞いでみっぺしな。恥ずがしいごどだ」 「えっ!?はっ?なんですか!?関係ないでしょう──」 「あんが。あんただぢのような(わげ)人さ教育すんのは年寄りの役目だ。あんたの生みの親もだがよ。礼儀のなってねえ口利ぐなど誰もおせながったのんか。教わったどもでぎねがったのんか」 「え……いや……私そんなつもりで……」 「ほんだらば腹の中ぐれえ隠すようにしたんせ。目ん玉ギラギラってだぞ、あんべわりぃ」 「…………」 「さーて、敬ちゃん行ぐべが。アイス溶げんが」 「──え、あっうん」 恐らく、最も置いてけぼりを食らっているのは敬吾だった。シヅがいたく怒っていてそれはどうも自分のためだというのも分かるのだが──ここらの訛は、怒るとさらに崩れて濁って早口になって外国語のような抑揚もついてもう何が何やら分からない。 木偶のように気の利かない会釈だけして敬吾も車に乗り込んだ。
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