呼ぶ家風

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「ばあちゃん何か怒ってる?ごめん俺ほとんど聞き取れなかっ──」 「おーーーぉあぐってらー!」 歌舞伎役者もかくやというような「おーーぉ」である。逸でもなく雄三でもなく敬吾の言葉尻に被せるあたり、本当に怒っているらしい。 シヅは怒ると怖い人だが人を嫌っているところは初めて見たかもしれない。 「俺と逸のこと?なら俺は何も気にしてないよ。ばあちゃんが怒ることない」 「いーんや!おらあんたな女子(おなご)ば好がね」 「え、そんなに!?」 「んだ」 言い切ってから、しかし少し心が折れたようにシヅはため息をついた。 「ごめんなぁ敬ちゃんよ。バアあぐったっからかえってあんべ悪ぃべ」 シヅはこの上なく神妙な面持ちで、何はともあれフォローしたいのだが──、いかんせん──、……何を言っているのかわからないのでそれができない。何を悔いているのだろう。答えが出るまでその間コンマ5秒。以前逸に教わっていた、「なんとなくで理解できない上にちゃんと訳せもしない方言シリーズ」。 「あんべ悪い」は「塩梅が悪い」、不味いやら苦虫を噛み潰すやら、とにかくそこらへんのすっきりしないものをごった煮にしたような意味だったはずだ。シヅは、怒ったことでかえって嫌な思いをさせたろうと気にしているらしい。ばあちゃん!と心の中で半ば叫んで敬吾はとにかく否定した。 「それはない!大丈夫大丈夫!別に俺あの人と今後関わるわけでもないし」 「んだば良がった、バア短腹でよ」 「それは意外だった」 「そんか?してがらに敬ちゃんも嫌いだったべ」 「あー、それはうん」 ──敬吾さん今の人苦手でしょ。 今より少し若い、逸の声が脳裏に過った。 なぜ分かるのか分からないが……言葉だけ見れば、さっきのやり取りは噴火するほど配慮に欠けたものではなかったように思う。かと言って好ましいものでもなかったが、言葉尻は常識的なだけにそれがなぜなのか── 「口でばどう喋ってもよ、分がるもんだんだ、実際に何考えでんのがづうのは」 シヅの声は、今度は諭すような優しいものになっていた。 「優しーぐ、あるいは博士のよーに、喋ってでもよ。年寄りには分がんのす。ろくてもねごど裏さあればムラムラど腹立づしよ、なんたら口ぁ汚ぇべーど思っても素直だんだば意外と聞げる」 「………」 「そんたなのよ敬ちゃん。んだがらおら敬ちゃん好ぅぎ!」 シヅの左手は、いつの間にかシフトレバーから敬吾の膝に乗っていた。 「まんずでも敬ちゃんごだもうぺんこ喋った方いいな。色々ど心の中にべあってがらなんぼも喋んねもの、バア聞ぎたいよー」 「……………」 「年の功よぉ敬ちゃん、バアの言うごど聞いだんせ」 「……………うん」 シヅの言葉には一つだけ間違いがあった。 これは年の功などではない、資質によるところもあるのだろうが、多くは彼女の愛情のなせる業だと思った。 なぜなら逸も、同じことをする。 (やっぱ似てんだなぁ……) 敬吾はなんだか言葉を失ってしまった。
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