第一章 春は憂鬱の香り

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 口から飛び出し、耳に入り込んだ言葉を私は何度も頭の中で繰り返す。本当に好きな事、本当に好き……。 「私にとって本当に好きなものって、何なんだろう?」  ぽつりと飛び出した問いに答えてくれる人はどこにもいない。自分の胸に手を当てて深く考えても、その答えは見つかりそうになかった。いざそう聞かれると、私の中に答えなんてないことに気づく。私はマジックペンをカバンに仕舞い、そのままゆらっと立ち上がる。春恵さんが何か呼びかけていた気がしたけれど、それに気にも留めず私は帰路についていた。    私がクラスの隅でぼんやりと座っている間に少しだけ季節は進んで、浅黄高校に入学して初めての学校行事がやってきた。合唱コンクールだ。みんなで話し合って決まる予定なのに、クラスの中心的人物……カースト順位の高い子たちだけで盛り上がって、私だけじゃなくってそれ以外の子たちも蚊帳の外になっていた。話について行けないうちに指揮者まで決まってしまっていて、残るのはピアノの奏者だけになっていた。 「誰か、ピアノ弾いてもいいよっていう人、いる?」     
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