第一章 春は憂鬱の香り

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 ただでさえ孤立しているのに、ここで断ってしまったらきっと信頼も地に落ちていくに違いない。ただでさえピアノを弾けるという事を隠し通そうとした負い目もある。少しでも人の輪に入るためには、私にはもうこうする他なかった。 「……はい」  頷くと、とりまとめ役も指揮者の子も、安心したように笑った。もちろん、クラスの誰も可も。 「じゃあ、今日の放課後から練習始めるので、残れる人は残っていってください。相沢さん、あとで楽譜渡すけど、大丈夫? 今日からピアノあったら助かるんだけど」 「……それは、大丈夫だと思う」 「やった! じゃあ、今日から頼むわ」 「うん、わかった」   かくして、本格的に合唱コンクールの練習が始まってしまった。私がピアノの奏者になったという事もお母さんの怒りを買ってしまったらしく、関係ない曲を弾いている時間があるなら……と言って、ピアノのレッスンの時間も大幅に増えてしまった。晩ご飯の後だけではなく、朝早くたたき起こされて遅刻になるギリギリまで。疲れた体に鞭を打つような生活も、合唱コンクールが終わるまで。そう思えば少しだけ体も軽くなるような気がした。それに、悪い事ばかりではない。 「相沢さーん、ここの部分、もう一度弾いてもらっていい?」 「うん、わかった」 「相沢さん! 音程わかんなくなったからちょっと弾いてみせてよ!」 「う、うん!」     
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