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聞くだけじゃないのか……と思ってしまうが、憂鬱になっていた今、いい気分転換が出来そうだ。僕が頷くと、司書は意気揚々と真っ黒なピアノに向かっていった。隠し持っていた楽譜を譜面台において、椅子を少し調整した。表紙に描かれているのはクマやウサギや女の子……何だか子ども向けのような感じだ。椅子の調整に少し手こずっていたようだが、それもじきに終わる。
「いつも同じ子ばっかり弾いてるの、このピアノ。私はあんまり弾く機会がなくって、ここのを弾くのは一か月ぶりくらい?」
「……そうなんですね」
「とっても上手な子よ、いつかプロになれるんじゃないかってみんなで言ってる。今度来たとき、弾いてもらうといいわ」
そう言って、司書は鍵盤にそっと手を乗せた。大事な物を包み込む様に、そっと。
演奏は……それはひどいものだった。とにかく、リズム感が悪い。初めからリズムがくるっているので、最後の方は帳尻合わせるので必死になり、ミスも増える。ここまで音楽の才がない人は珍しいくらい。
「ど、どうだった……?」
自信がないのは本人にも分かっているようで、恐る恐る背後にいる僕を振り返って見た。僕は言葉を選ぼうとするが……やめた。彼女のためにはならなそうだ。
「……ひどかった?」
「まあ……リズム感が、かなり」
「やっぱり~! 慣れてくると弾けるけど、弾きなれてない曲はいっつも最初はこうなのよね……ちゃんと弾けるようになるまでに何か月もかかっちゃうの。子ども用の教本なのに、終わるころにはおばあちゃんになっちゃうわ」
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