第一章 春は憂鬱の香り

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「あんなに激しくピアノ弾いて、フラストレーションを発散している感じしたけれど」 「……」  本当は、そのつもりだった。昔だったらピアノを弾いている間に、イライラしていたことも悲しかったことも何もかも、すべてきれいさっぱり忘れることができたのに。家でも学校でも、私は言われた通りにピアノを弾くマシーンになってしまっていた。新田さんに陰口を言われたことよりも、私はそのことが悲しくて仕方がない。  春恵さんは子どもに呼ばれ、本棚に行ってしまう。カウンターでひとりぼっちになってしまった私は、すぐ近くにあった緑のノートに手を伸ばす。そして何も書いていないページを開いて、ペンを走らせる。 『何を弾いても、どれだけ好きな曲を弾いても、もう私は自分の気持ちをその曲に乗せることはできないのかもしれない。どこかに、私の気持ちにぴったりと合うような、代弁してくれるような曲があればいいのに。誰か教えてよ』  こんなことを書いても、私の悩みに応えてくれるような曲も人も見つかりそうになかった。  
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