第二章 いつもどおりの春はこない

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 ぼんやりと立ち尽くす僕に、エプロンを付けた女の人が声をかけた。ハッと意識を取り戻してそちらを向くと、その人はニコニコと笑っている。 「そう、です」 「高校生かしら?」 「はい」 「ごめんね、ここ、幼稚園から小学校に通うくらいの子向けの本しかなくって……お兄さんみたいな大きい人、楽しめないかもしれない」 「ああ、だから【子ども図書館】」 「そう。子どもが自由にのびのび本を楽しむために作られた図書館。せっかくだし、お兄さんも子どもの気分に浸っていったら? 何か嫌な事あったんじゃない?」 「え?」 「眉間にしわ寄ってる」  僕は眉間に手を伸ばして、凝り固まっているそこをほぐした。彼女は「最近の高校生って、色々とむずかしいのね」と呟きながらカウンターに向かっていく。一人取り残された僕は、少しかがむようにして、小さな本棚に収まっている背表紙を見ていく。絵本、ファンタジー小説、科学の本、図鑑……それらを見つめる子どもたちの目はキラキラと光っているように見えたが、あいにく、僕が興味をそそられるようなものはなかった。当たり前と言えば当たり前なのだが……。出口に向かおうとカウンターの横をすり抜けたとき、ふと、グリーンのノートが目に入った。表紙には『一言ノート』と書かれている。 「ああ、それね」     
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