第一章 春は憂鬱の香り

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 そして、私の悩みはこの『友達ができない問題』だけではない。もう一つ、どれだけ頭を抱えても解決しそうにない問題がある。それが、お母さんの事だった。 私のお母さんはピアノ教室を運営していて、私は物心がついたときからお母さんにピアノを教わっていた。受験したけど落ちてしまった、そして、お父さんが教鞭を執る音楽大学に私を入学させたいというお母さんの願望が、中学校を卒業したあたりから重たくのしかかってきた。ピアノを弾くのは嫌いじゃない、むしろ大好き。それなのに、私が鍵盤に触れるたびにお母さんの期待と重圧がのしかかってくる。最近ではそれらが重苦しくて、心も体もピアノから遠ざかりたい時がある。私はそんなときほど、近所にある【子ども図書館】に向かう。 「樹里ちゃん、今日も来たの?」 「お邪魔します、春恵さん」  春恵さんは母のピアノ教室に通っている生徒さんの一人で、年は二十八歳だと聞いている。去年の冬から教室に通い始めるようになったけれど、リズム感が良くないせいで子ども用の、しかも片手で簡単に弾ける曲しかないバイエルから始めている。そして上達も遅い。それでもいつも楽しそうに、プレッシャーもなくレッスンを受けている様子を見て私は羨ましく思っていた。     
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