第一章 春は憂鬱の香り

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 そんな春恵さんは、この【子ども図書館】で司書として働いている。春恵さんに「一度でいいから遊びにおいでよ」と誘われたのがきっかけで、私は週に何度もここに訪れていた。まだ新しい木目の香り、私の胸の位置よりも低い本棚。それらの隙間を縫うようにして座り込み、爛々と目を輝かせながら本を読んでいる子どもたち。私は枯れそうになっているピアノへの気持ちを甦らせるために、子どもたちの楽しそうな様子を見にくることにしていた。新しい本を読んで冒険に胸を馳せるその子たちと、新しい楽譜を手に入れて未知の世界に心を弾ませていた頃の私。その二つに、近いものがあると感じて。 「あ、樹里ちゃんだ!」 「樹里ちゃん、今日も来たの?」  私に気づいた顔見知りの子たちが、わらわらと集まってきた。【子ども図書館】の中では、学校の図書室や町の図書館と違って、お話しするのも歌い出すのも自由だ。子どもたちは私の名前を呼びながら、カバンや腕を引っ張っていく。行き着く先はいつも、奥においてあるオルガンだった。 「樹里ちゃん、何か弾いてよ!」 「え~……」 「樹里ちゃんのピアノ、上手だから聞きたい!」 「ね! みんなそうだよね?」     
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