第一章 春は憂鬱の香り

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 司書カウンターに向かって歩いていく春恵さんに、私も続く。桜色のエプロンがひらひら揺れて、まるで春恵さんは踊っているみたいに軽やかだ。 「もう十年前だから、覚えてない」 「何それ~。……あれ、これ何?」  ふと視線が、ある一点に向く。カウンターに置いてある、緑色のノート。表紙には『一言ノート』と書いてあった。この前来たときは、こんなものなかったはずだ。 「ああ、これ? 試験的に置いてみることにしたの。この図書館に来た子が、感想とか自分の思っていることを好きなように書いていいノート」 「ふーん……」  私はそのノートを手に取り、パラパラと開いていく。中身は怪獣や可愛いドレスを着た女の子などの落書きでいっぱいだった。 「良かったら、樹里ちゃんも何か残して行ってよ。記念にさ」 「記念って言っても……」  私は手近な椅子に腰を掛けて、何も書かれていないページを開く。ボールペンを手に取り、少しだけ考えてからペンを走らせた。     
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