ヘイト・フル

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 雨が降っている。苦いイタリアン・コーヒーを飲んでいる。 「これがすきなんだ」と彼は言う。 「気取っている」と言うと、彼はわかりやすく機嫌がわるくなる。  だから、わたしは、そんなこと言わない。彼の機嫌のわるい顔は、彼の髪型くらい、好きではない。電気が走るような、ピリッとした空気は、わたしの望むところではないのだ。ほんとうに。  ただおだやかに。一定に。現状維持。維持。意地でもある。 「わたしは、あんまり、すきじゃないわ」  これがせめてもの、わたしの主張だ。抵抗でもある。  昔は、こんなことさえも、口にはしなかった。それは、あらまほしき恋人のすがただ。否定せず、受け入れる。あらまほし。  しかし、理想と現実は相反するものであると、わたしたちは現実に幾度となくおしえられたのだから、わたしだけが現実世界にいながらにして理想という夢の住人にならなければいけないのは、いささか理不尽だ。だって、お金をもらっているわけでも、あるまいし。  彼はやはり、眉をぴくりとさせ、わざとらしく深い溜め息をつき、カップを置いた。がちゃん、と、嫌な音がした。  女の子が乱暴にカップを置いても、ただそれだけのことなのに、男の人が同じことをすると、こころのなかで、びくりとしてしまうのは、わたしが、女だからなのだろうか。  そのことを悟られてはいけないと、わたしは台風におびえる動物のように、身をかたくする。 「きみは、どうして、そう、いやみったらしい言い方をするのだろうね」  静電気。が。  彼にいつかどこかで、とにかく遠い昔、かんじたような甘い電気ではなく、指先が麻痺するような、有毒なそれが、ぴりぴりと、テーブルの砂糖壺から、端の観葉植物から、カフェの入り口のドアベルから、蜘蛛の巣を、はるようだ。 「あなたこそ」  たった五文字。かつては、おなじ五文字で、あいしてる、と言ったこともあったのに。  もう、だめなのだ。どうして、わたしを、そんな、敵をみるような目で。目で。  ああ、しかし、向こうの鏡にちらりとみえたわたしの目も、彼と、まったく同じ光り方をしていたのだ。  ふたりしかいないのに、ふたりでいがみ合うようになれば、ふたりでいる理由など。
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