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「もう、終わりにしましょう」
彼はちいさなカップに口づけるように、ひとくち飲み、また、がちゃんと音を立てて置いた。前は、もっと静かなひとだったような気がするのに。
「そうだね。こんな無駄な喧嘩。空気がわるくなるだけだ」
「喧嘩じゃなくて」
「じゃなくて、なんなんだ」
「わたしたちの関係を。終わりにしましょう」
彼は目を見開き、左の口角がぴくぴくと痙攣した。そういう病気みたいに。
「うそだろう? どうして、そんなことを軽々しく言えるんだ。信じられない。なんで、そんなに短気なんだ。ささいな、喧嘩ですらない、言い合いじゃないか。それだけで」
「あなたがそう考えている時点で、もうずれてるの。溝があるの。すくなくとも、わたしには、それがみえる」
彼は悲劇のハムレットさながら、苦悶の表情を浮かべ、歯ぎしりし、沈黙がつづいた。長い沈黙だった。
「ごめん」と彼は言った。
彼から謝罪の言葉をきいたのは久しぶりだった。もしかしたら、初めてかもしれなかった。
「わるいところは直す。最近、ちょっとすれ違っただけで、今まで上手くやってきたじゃないか。おれたちはやり直せるはずだ」
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