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●現実世界、廃病院屋上
徐々に身体で感じ始めた感覚は寒さだ。多分普段であれば凍てつくような寒さだろうが、今は感覚が鈍っているのか余裕を持って耐えられる。
だがずっと同じ感覚でいられるわけがなかった。徐々に寒さを強く感じ始め、肌がヒリヒリと悲鳴を上げ始める。
そんな状況だが、心は安心感で満たされているのだから不思議なものだ。ようやくハッキリと寒さが染み出した頃、次に反応したのは聴覚だ。
聞き馴染みのある声が遠くから聞こえてくる。いや、近いのかもしれないが薄っすらと聞こえるせいで遠く感じているのだろう。
「良かった‥‥。」
今の音は無意識に発したものだ。なにを考えて発したのかも分からなければ、本当に音が出たのかも怪しい。だが間違いなく本音だろう。
思いの外早く意識を取り戻してきたのはこの心に響く叫びが聞こえてきたからだろう。
「てめぇ!やめろっつってんだよおおお!」
怒号ではあるものの、とても懐かしく自分にとっては安心できる声だった。意識を取り戻してきたお陰か、今の現状を理解しようと重い瞼を力強くゆっくりと開く。
朧げながらも見えだす世界の光景。そこには懐かしい仲間。そしてその仲間を雑に扱おうとする男の姿が見えた。
「‥‥は‥‥。」
言葉を出そうとするが、やはり出ない。まるで虫の呼吸のようなか細い音は、もちろんこの場にいる人間に届くことはない。
それでも、声を出さなければならなかった。
「は‥‥な‥‥。」
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