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豪奢なステンドグラスのあしらわれた窓も光を取り込むことはない。
もとは美しく、この場所の誉であったはずのパイプオルガンも古ぼけて、誇りかぶってしまってはその豪奢な立ち居姿もむしろ憐みが漂ってしまっている。
そんな大聖堂の祭壇にその男は立っていた。
『間に合わなかったというのか』
パトリックの悲壮なつぶやきが彼女の胸に波紋を作る。
そんなはずはない。
魔王の遺骨は奪われた。だが、こちらには彼の魔王の魂を封じた秘石があるはず。あれ無くしては魔王など復活するはずはないのだ。
彼の魔王の足元にはまるで干物にでもなったかのような人間たちが転がっている。
生贄の救出のため駆け付けた私たちだが、その手勢を利用して贄の数とするなど思いつきもしなかった。
生き残ったのは彼ら二人だけ。――いや、もう一人。
『私はあれほど言いましたよ。信に足る人間かどうかきちんと見極めなさいと』
祭壇の傍らに控えるのは魔法師団のローブを着込んだメガネの男。
うずくまる私たちを見下し、その光のない目で魔王を仰ぐ。
そうか、お前が…
『裏切ったのか…リチャードぉぉお!』
パトリックが叫びも柳に風とリチャードは背を向けたままだ。
『ダメよ、パトリック。今動いては傷を広げてしまうだけよ』
何とか立ち上がろうとするパトリックを彼女がなだめる。
生き残ったとはいえ彼の傷は深い。後ろからリチャードに刺されたのだから。
いくら彼女が回復魔術を使ったとはいえ、彼は血を流しすぎた。
『あの秘石を手に取った時、魔王は私におっしゃいました。復活を手伝えば愛しのエリーを蘇えらせてくれると。彼らも喜び、誇りに思うでしょう。エリーのための礎となることができるのですから』
魔王の影はいまだピクリとも動かず祭壇で立ったままだ。
だが、その強大な力はひしひしと彼らに恐怖を与え続けている。ああ、これが魔王。
全世界を呑み込み、闇へと引き込む魔の王。
ひとたび動き出せば人を殺し、家畜を殺し、町を焼き、緑を灰へと還すというこの世界最凶の災害。
『さあ、魔王よ。私のエリーを、エリーをここに!』
リチャードの求めに応じ魔王の影がズズズと動く。
その手をリチャードに向けた。
リチャードの顔には狂気に塗られた笑みが浮かべられている。
そして――
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