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音などなかった。
肉を裂く音、骨を貫く音、布を引き裂く音。
本来あってしかるべきものがなく、魔王の影から生まれた暗黒はその手より出でてリチャードを貫いた。
リチャードの目が見開かれる。驚愕と恐怖によって。
『な…に……を……』
口からは一筋の赤い液体を流し、纏うローブは見る見るうちにシミが広がっていく。上げられた手は力なく下ろされ、足もすでに力が入っていないのが分かる。
それでも立っていられるのはあの影に支えられているからだろう。
魔王の手がほんの少しだけ動いた。まるで見えない何かを送り込むように。
瞬間、リチャードの全ては灰となって消えた。
体も服も鎧も、その希望さえも。
パトリックはそれを見ていることしかできなかった。
だが、友と呼んでいた、友だと信じていた者が消え去るのを見て動じずにいられるような人間ではなかった。
『貴様ぁぁああ!』
シュルシュルと影が魔王の元へと戻っていく。
それを見ながらパトリックは剣を抜いた。
王より託されし伝説の聖剣。
闇を払い、魔を撃ち滅ぼすと謳われた御伽話の聖剣だ。
『パトリック様!』
傍で彼を気遣う彼女の声も耳に入ってこない。
『あああああぁあああ!』
パトリックは立ち上がった。
聖剣を支えとし、いまだ定まらぬ重心を固定し、力の入らぬ手足を踏ん張り、彼は立ち上がった。
だが、すでに彼は限界だったのだ。
立ち上がってすぐに彼はふらついて再び倒れそうになる。
リチャードの置き土産は彼に想像以上のダメージを与えていたのだ。
だが、彼は倒れることはなかった。
彼の脇に跳びこみ、支えてくれる人が居た。
『ここにいるのは、あなただけではありません、パトリック様』
そうだ、自分には彼女がいる。
自分を奮起し、激励し、時には甘やかし自分の力になっていてくれた彼女が。
傍にいてくれるだけで自分の弱さをやさしさに、強さを勇気に変えてくれる、彼女が。
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