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上司に和泉志稲とは接点がないと言ったが、それは嘘だ。付き合いはあった。正確に言えば付き合っていた。恋人同士だったのだ。一年ぐらいだったろうか。和泉は学園の超有名人だったし、私も和泉には及ばなくてもそこそこ名前が知られていたから付き合っていたことを誰にも言わなかったけれど(何しろこれ以上私たちは注目されたくなかったのだ)確かに付き合っていた。どうして私たちが出会ったのかはよく覚えている。クラスの男子に「汚ねえ手」と言われて涙ぐみながら帰り道を歩いた日だった。クラスの男子の前では涙ぐまないどころか相手のコンプレックスを巧みに拾い上げてあげつらって見せたのだが、ひとりになるともうダメだった。涙を流すまでは気合で頑張ったが、涙ぐむのは止められなかった。思えば記憶している限り、私の手が白魚のようなすんなりした手だったことはなかったと思う。運動部だったせいでマメやタコは当たり前、時に包帯やら絆創膏やらで埋め尽くされることなどざらにあった。私はそれを努力の跡と誇る反面、白い綺麗な手に憧れていた。ひとに見せるのが嫌だった。だから私には中学以降友達と手をつないだ記憶があまりない。そのコンプレックスをクラスの男子はうまく拾い上げたのだ。いや、正確にはクラスのリーダー格の女子たちが焚きつけたのだ。理由はわからない。単に自分より目立ってたとかそういう理由だろう。 「一河、帰り?」  和泉が話しかけなければ涙ぐんだままだったろう。「うん」と自然に言おうとして私は見事失敗した。無様な涙声とともに涙がこぼれ落ちた。あっと思ったときにはもう遅い。涙が溢れて止まらない。幸いだったのは通学路を外れた道を通っていたことだった。本来は校則違反なのだが、私はよくこの道を通っていた。ひとりになりたかったから。 「え。一河?」 和泉のうろたえた顔に慌ててますます涙が止まらない。 「なんでいるの?」 私はしゃくりあげながら言った。 「え、俺、だってひとりになりたくて。よくここ通るんだよ。一河も?」 「うん」 和泉が同じ考えなのが嬉しくて私は微笑んだ。和泉も微笑む。雲の上のひと過ぎて今まで全然関心無かったけど、やっぱり格好いいなと思った。
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