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俺の怒声に、隣のベンチに腰を掛けていた老夫婦が声をかけて来た。喧嘩をしていると勘違いしたらしい。奏が微笑み、誤解であることを告げると“幸せになってね”と声をかけ、去っていった。  そうだ、俺は、お前に幸せになって欲しいだけだ。 「好きなんだよ」 奏の軽い手を掴み、目を逸らさずに告げた。こんな言葉、言うつもりなかった。柄じゃない。今言わないと、今伝えないと、もう、引き止められない。  握っている指先から、奏の暖かさが伝わってくる。言葉も、この体温のように伝わって欲しい。 目を逸らしたのは、奏だった。膝の上のブーケに視線を落としている。力を無くした花弁は、今にも、落ちてしまいそうになっている。 「ありがとう。でも、ごめんね。賢斗君には、幸せになって欲しいから。」 「だから、俺と…」 「私は、私を許せない。」 そう微笑む奏に、何も言えなくなった。自分への罰。自分を愛する人を失う恐怖を知った奏(かなで)が自分に彫った傷は深くて、消えることはないんだろう。 お前のせいじゃない。お前は人を不幸にしない。今更どれだけ、何と言おうと、奏には届かない。 俺の薄っぺらい想いは、奏を引き留める手にはなれなかった。 あの花のようにもう一度、お前の笑顔が見たかった。でももう、 「さようなら、賢斗君。」 枯れた花は、もう開くことはない。                      
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