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「もう少し腕を胸の近くに引きつけた方がいいよ」
「え?」
振り返ると同じクラスの百瀬さんがいた。日に焼けた肌と短い髪の毛のボーイッシュな女の子で、男子たちと混じって遊んでいる姿をよく見ることがある。
「練習しているの?」
「うん」
「一人で?」
どうして隠れるようにしているのかという意味だろう。
「今度の体育でテストがあるから」
「あー、そうだったね」
そう言った彼女はアイトが使っていた少し高い鉄棒にぶら下がり、軽々と回って見せた。その姿にアイトは拍手をしている。
「こうやって胸の近くまで腕を持ってきて、あとはお尻を引き上げるイメージ」
「なるほど、わかりやすい」
鉄棒の上に乗り、平均台のようにしているアイトの説明とは大違いだった。
「やってみて」
「うん」
彼女に言われたとおり、力任せではなく、理論的にやってみる。これまでにない感覚で、いつもより高く腰が浮き上がったと思ったら、天と地が逆さまになった。
そのまま体をくの字にすれば回ることができるという所で、百瀬さんが絶妙にぐっと背中を押してくれると僕の体はくるりと回って視界が元に戻った。一瞬の出来事で、そのまま固まってしまう。
「おー、出来たじゃん!」
「できた?」
余りにもあっさりし過ぎていて、これまでの苦労は一体なんだったのだろうか。
「それじゃ、頑張ってね」
「うん。ありがとう」
そう言って、草むらに転がっていたボールを拾い上げた彼女は、ドッチボールをしていたグループの下に颯爽と戻っていった。
「な、簡単だろ?」
「アイトの説明より、わかりやすかった」
「俺のテクニックはお前には早過ぎたんだよ」
「はいはい」
やがて、お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
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