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「どうしたの正義君?」
席に座らず立っている僕に、担任は声をかけてきた。
「えーっと、椅子に糊をこぼしてしまって」
僕は誰かにやられたとは言わずに、現状を伝えた。少しわざとらしかっただろうか。チラリと大盛君に視線を移すと、バツの悪そうな表情を一瞬だけ見せた。
「あら、何か拭く物はある?」
「私、持ってます!」
先生が尋ねた時、隣の席の百瀬さんがポケットティッシュを差し出してきた。
「はい、正義くん」
「あ、ありがとう」
受け取って見ると、女子たちの間で人気のキャラクターが描かれた可愛らしいティッシュで、中の紙にまで絵が印刷されており、微かに甘い匂いがした。
こんなことに使うのは勿体ないような気がしたが、このままでは座ることが出来ないので、ありがたく一枚貰った僕は、固まり始めていた糊を剥がすように拭き上げた。
「もう大丈夫です」
「はい、それじゃあ授業を始めましょう」
そう言って先生が黒板に向かうと、右斜め前の廊下側の席にいる大盛君が、僕に向かってメンチを切っていた。糊の作戦が失敗して悔しいのだろうか。
「ははー、そういうことかー」
机の中に手を伸ばしていると、後ろからアイトの声がした。
「そういうことって?」
教科書を取り出した僕は、その表紙に大盛君たちのサインが大きく書かれていることに辟易しながら、アイトに尋ねた。
「あいつらがお前にちょっかい出してくるわけだよ」
「僕が彼らより勉強出来るのが悔しいんでしょ」
ページを捲ると、ご丁寧に塗り絵までされていたけれど、この教科書の内容は既に理解済みだったので、問題はなかった。
「それもあるだろうが、それ以上に」
「それ以上に?」
急に喋るのを止めたアイトに、僕が振り返った時、隣の席の百瀬さんと目が合った。彼女はすぐに目を逸らし、じっと恥ずかしそうにしている。
「そういうことだよ」
「どういうことだよ?」
彼女にも何かしたのだろうか、と頭にはてなマークを浮かべる僕に、何でわからないかな、とアイトは溜息を吐いた。
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