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春の祭典
ボッチチェリの「春の祭典」は、さやかの大好きな絵だった。
華やかで、和やかで、
美しい女神たちがゆったりと踊り、佇んでいる。
さやかはカレンダーで、美術書で、レプリカの額の前で立ち止まり、
うっとり眺めたものだった。
右端の、小暗いところに描かれた男女に気づいたのはいつだったろう。
上から降りてくる緑色の、
女性を捕まえている頬を膨らませた男性は
一見怒っているように見える。
正確に言うと、言う事を聞かない者、でも最終的には
自分の意のままにできる者の抵抗に少々イラつきながらも
揶揄しているような顔つきだ。
手の先には半裸の若い女性。
明らかに、緑色の男性から逃げている。
捉えられた後にされることを知っていて逃げている。
さやかには必死の形相に見える。
でも多分、掴まえられるんだろう、そして、
予想通りの事をされるんだろう。
この哀れな、若くてきれいな娘はクロリスというニンフだそうだ。
風の神ゼフュロスに力づくでいうことを聞かされる。
手籠めにされる寸前の女が名画には描かれていたのだ。
それに気づいてから、さやかはボッチチェリの「春の祭典」を
嫌悪するようになった。
なのにこの女性の口からは
花をつけたつるが伸びている。
この森のニンフは、ゼフュロスに冒されて
花の神フローラになるのだと言う。
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