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賢い娘はちゃんと嗜みを知っていている、と母は言った。
曰く、男っていうものは、怖ろしいものなんだと。
お前の価値を損なうものだと。
掴まえられたら逃げられない、速さと力を持っているのだと。
そんなものに騙されて、酷い事をされたら価値が下がる。
そんなものに惹かれて
ちょっと嬉しがらせを言われて
言う通りに一時間も恥をさらすなんて
お前のそんな弱い所が心配だ、
平尾さんみたいに綺麗な子は頭もいいから、
やっぱりそんな危ない所へはいかないでしょ?
バカで醜いお前みたいな娘ほどそういうものに弱くて困ってしまう。
ヨゴレモノ、キズモノ、という死語に近い言葉を掲げて
さやかの母は中学1年の我が子をなじり続けた。
結果、さやかは「男らしさ」を嫌悪するようになった。
両手で持ってようやく持ち上がる本の束を片手で軽々
運ぶとき、
届かない場所に荷物を載せてもらう時、
自分より高い背、血管の浮いた太い腕、太い指、大きな靴、
それをしてくれる自分より大きい力のある生き物は
全て恐怖の対象になった。
その体の上に幼い顔が乗っているから、よけい気味が悪かった。
どんなに優しく話しかけられても、
上から降って来る太い声に震えた。
いつの間にか母の言葉が1本の芯になってさやかの背筋を貫いた。
私は汚れちゃいけないのだ。
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