小さなお姫様

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『きーち?』 幼い声、幼い顔、 小さな体、小さな手、小さな足。 小さなお前が、 俺のシャツの裾を引っ張って 首を傾げる。 『何してるの?』 幼児らしく、少し色素の薄い 淡い茶髪に黒い瞳。 日本人らしい肌の色に つぶらな瞳。 鼻はちょっとべちゃっとしてて 唇と頬っぺはぷくぷく。 話す言葉はまだまだ拙い。 「夕日を見てたんだよ。」 ほら。と抱き上げる。 海辺に映る夕日は お前にはどう見える? 『ゆーひ?』 「そう、『夕日』だ。 今日も終わりだぜって教えてくれる。」 『終わりなの?』 そうだ、終わりだ。 「あぁ。そんで夜が来て、 また朝日が昇る。」 『あさひ?』 そう、朝日。 「始まりの合図さ。」 また、明日が始まる。 お前の居ない、明日が。 満天の星々が降る前に お前は眠りにつく。 お前は驚くだろうか、ここが死後の世界で 俺は、死んだ人間だって知ったら…。 恐がるだろうか…? 何も知らないお前が全部、思い出す前に 早く帰さないと、本当に…… 本当に……帰れなくなるから。 だから…。 「お別れだ…お嬢。」 お嬢は現世での記憶がない。 何故なら、現世のお嬢は意識不明。 無くした記憶を思い出せば 意識は戻るが、こっちでの記憶を無くす。 そういう決まりだ。 現世での1日が、この世では1年に該当する。 お嬢はこの世に来てもうすぐ2年が立つ。 すっかり家族だ。 だが、時間は待ってはくれない。 「元気でな……大きくなれよ。」 小さなお嬢を ギュッと抱き締める。 頬を伝う何かには 気付かないフリをして…… 小さなボートに 寒くないよう毛布にくるんだ お嬢をそっと寝かせ 海に押し出す。 すると、ボートごと水に包まれ 淡い光と共に宙に消えた。 お嬢は、現世に戻ったのだ。 行ったな……。 堪えきれない涙に抗うことも出来ず、 結局は子供の様に泣きじゃくってしまった。 声が震える。心も震える。 お嬢が居ない寂しさに どうやって耐えようか。 心が凍えそうだ。 俺の、小さなお姫様。 たとえお前が俺を忘れても またいつか、会えるその日まで 俺はここでお前を待つ。 だから、今は、幸せを願おう。 そう、それがさようならの理由。 小さな命が大きく育ち その先の未来で もう一度、会えるように 願いを込めて。
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