第三章 秋

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第三章 秋

1 森の中は秋だった。 大気は暖かいが湿度は低く、それ故どこか奥の方にヒリヒリとした、凛々(りり)しい冷気を(たた)えている印象を与えてくれる。 眼前に広がる黄色いパノラマ。 銀杏(イチョウ)の葉が視界を埋め尽くす。 ヒラヒラと舞い落ちる葉が、足下に黄色い絨毯(カーペット)を織り上げて行く。 私は足元の一枚を拾い上げて、(てのひら)の上に乗せて(なが)めた。 葉脈の一本一本までもが本物と遜色(そんしょく)なく再現されている。 陽に透かして見ても不具合はなく、我ながら見事な出来映えだった。 その時、葉の遥か向こう側に、見慣れぬ樹が一本見えた。 そちらに照準(フォーカス)を合わせる。 明らかに銀杏ではない大木だ。 青々とした葉は桜のようだが、幹の様子は松に近い。 こんな木は、私のデータベースには存在していない。 しかも、幹の真ん中には縦に二つ大きな穴が空いている。 穴は貫通していて向こう側が見え、その周囲は膨張して、まるで数字の8が埋め込まれたような格好だ。 念のために記録を確認してみるが、あんな木のデータはどこにも存在しなかった。 不具合(バグ)だろうか。 他にはどんな可能性があるだろうか。 頭を巡らせていると、ポツリポツリと雨が降ってきた。 こんなプログラムはしていない。 これは最早、不具合(バグ)というよりは暴走だ。 暴走の要因に思い当たる節はないが、アプリケーションを再起動した方が良さそうだ。 そんなことを思いながら歩いていると──。
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