第三章 秋

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泥濘(ぬかる)んだ道を踏み外して崖のような急斜面を転げ落ちてしまった。 視界がぐるぐると目まぐるしく回転し、15回転して(ようや)く身体が止まった。 斜面の途中の、3メートル四方の平らになったスペース。 プログラムしてあった安全装置(セーフティネット)が働いたのだ。 雨はまだ降り続いている。 立ち上がって確認すると、服は汚れていないが、皮膚が濡れている感触はあった。 ケガをしたり痛みを感じたりはしないように設計されてはいるが、こんな所までリアルに作り込まなければ良かった。 改善点として記録しておく。 崖の上を見上げる。 果たして、この急斜面を登るにはどうしたら良いだろうか。 頭の中でのシミュレーションの結果、(ただ)ちにアプリケーションを終了させるのが最適解と出た。 オペレーティングシステムに指示しようと口を開きかけた時、微かなアラームが聞こえ、森が消失した。 それと同時に辺りは見慣れた私の研究室へと戻る。 足元では、一緒に暮らす二匹のネコが、怪訝(けげん)な表情で私を見上げていた。 彼らには私が何も無いところでバランスを(くず)して(ひざ)をついたり、何も持っていない(てのひら)を見つめていたりする様子が、さぞおかしく見えたことだろう。 握りしめていた(こぶし)を開くと、持っていた落ち葉は既に消えていた。 (てのひら)だけが中途半端な高さで浮かんでいる。 鳴り続けているアラームを止めて、時計を確認する。 待ち合わせの時間だった。
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