第三章 秋

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彼は私の数少ない友人の内の一人だ。 お互いに普段は机上での研究が主であり、フィールドワークに(おもむ)くことはあまりない。 今回は、予定されていたメンバーに欠員が出たこともあって話が回ってきた。 断ることも出来たのだが、友人は自ら行くことを強く望んだのだ。 前々から一度現場を経験してみたいと思っていた、と彼は言ったが、それは私には初耳だった。 前に話したことあっただろうと彼は言い張ったが、私が忘れるはずもないので彼が思い違いをしているのだ──あるいは嘘をついているのか。 嘘をつく理由も必然性も見当も付かないので嘘ではないだろう。 仕事内容は、重要ではあるが難易度は高くないため、誰が行っても問題は無い。 特に反対する理由もなかったので、彼が行くことで話はまとまった。 任務は、目的地に行きサンプルを採取して帰ってくる──それだけだ。 出発ゲートには予定通り359歩で着いた。 結局、途中で誰とも会わなかった。 この建物には研究員が百名ほどいるはずだが、仕事柄部屋から出る必要はあまり無いので、いつも廊下は閑散としている。 意見交換やデータのやり取りも各自の端末を使うことが基本となっており、同じチームの者でも直接顔を合わせるのは稀である。 この状況を寂しいと表現する者は多いが、私は特に寂しさを感じることはない。 寂しいという感覚が私には分からない。 ドアが開いて部屋の中が見えた。 待ち合わせ場所に、友人の姿は、まだなかった。
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