第三章 秋

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2 私の専門は生物学だ。 科学の中でも、取り分け生物学は、ここ数十年で研究内容が最も様変わりした分野だと言えるだろう。 学問は、それがたとえ画期的な内容であっても、時代にそぐわなければ、やがては(すた)れてしまう。 そして、研究者の労力も、より時代に必要とされる研究へと引き寄せられる傾向にある。 その方が、有名な賞にノミネートされたり、勲章が貰えたりする可能性が高くなることも影響しているようだ。 可視化された評価が重要だということか。 単純に研究予算が付きやすいと言う側面も考えられる。 (いず)れにしても、需要と供給が、バランスを取ろうとする結果なのだろう。 かくして生物学の主役の座は、遺伝子の情報を分析する生命情報学(バイオインフォマティクス)から、絶滅生物の再生を目指す生物回生学(バイオロジカル・レザレクトロジー)へと取って代わられた。 人類が何処(どこ)に向かっているのか──。 そんなことは分からない。 だが、最近の傾向を分析するなら、自然を人間の手で「より自然な状態にする」ことを目指しているようだ。 しかし、一度(ひとたび)人間の手が加われば、それは自然とは呼ばない。 だから(はな)から行動が矛盾している。 だが思想として悪いことではない。 無邪気(イノセント)な正義感だ。
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