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第一章 春
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森の中は春だった。
満開の山桜が視界いっぱいに広がり、淡い色の花びらが、風に吹かれては、はらはらと舞い落ちる。
日陰は少し肌寒くても、日向に出れば心安らぐ温もりが感じられた。
いつまでも浸っていたいと思える心地良さに、私は足を止める。
背負っていたカゴを降ろし、大きく息を吸い込んだ。
体の中が真新しい空気で満たされていく。
山菜採りにはうってつけの日。
だけど──。
何故だろうか。
つい数日前まで、森の中は淋しくて足を踏み入れるのすら気が滅入ったのに。
同じ森でも季節が変わると、ここまで印象は変わってしまうものなのか。
寒さという身体的な苦痛を、淋しさという精神的な苦痛だと誤って認識した結果だろうか。
いや、そもそも同じ森だという前提が間違っているのかもしれない。
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