第二章 夏

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第二章 夏

1 森の中は夏だった。 視界に(あふ)れる植物達が、自らの優位性を証明しようとするかのように、(しき)りに己の枝葉を高く(かか)げてギラギラと誇示(こじ)していた。 そのせいで視野の大半が緑色で占められるという事態に陥っている。 下草から立ち昇る草いきれが、強く鼻を()いてくる。 予想していたよりも、はるかに暑い。 額から(にじ)み出る汗が目に入り、大層不快だった。 夏とは言えこんな北の地で、しかも山の中だからと、春先の出で立ちをしてきたのがそもそも間違いだったようだ。 上着を脱ごうにも、その下は肌着一枚で、鬱蒼(うっそう)とした森の中では、流石(さすが)にそれは無防備にすぎる格好に思われる。 村を出る時に誰か忠告してくれても良さそうなものなのに、祖父すら何も言ってくれなかったのは(うら)めしいこと、この上ない。 祖父は長年飼っているネコを二匹とも両脇に抱えて悠長(ゆうちょう)に見送ってくれたが、思い返すと、その長閑(のどか)な空気すら(しゃく)にさわる。 しかも、この山は事前に聞いていたよりも険しかった。 傾斜こそ(ゆる)いものの、ゴツゴツした(いびつ)な岩が点在しているせいで足場が悪く、密生する植物で視界も限られて見通しが効かない。 おかげで足を踏み外して崖から滑り落ちてしまった。 まったく、ついていない。 幸いにも平らな出っ張りがあって止まったから良かったものの、こんな山の中で、ろくに身動きも取れない狭い空間に、一人取り残される結果になってしまった。 見上げると元々いた所までは五メートルほどしかなかったが、右足を(くじ)いてしまったようで、踏ん張りがきかない。 (わず)かな距離とはいえ、急な斜面を登り切る自信はなかった。
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