降り立つ

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沼に沈んだところから始まったもので、どこか高みへ上り詰めた覚えはない。精神がより高い次元にたどり着いたという実感ももちろんない。寧ろ途中から彼を観ることより、彼に見られることが目的になってしまった気もするので、自分がいかに煩悩にまみれた人間であるかを思い知らされただけのように思う。精神のレベルは確実に下がったといえる。 けれど、楽しいですか、と今年の始めのコンサートで先輩のアイドルに彼がそう問われたときの、照れたような、眩しいものに向ける幸せそうな笑顔を見た瞬間、わたしはじゅうぶんだと思えた。重荷にならない程度に、気色悪がられない程度に抑えたコンサートの感想や応援している旨をしたためるため黄色の便箋を買いに行くことがなくなっても、仮病を使ったり身内を勝手に殺したりして会社を休まなくても、夜行バスからのコンサートからの夜行バスからの会社という強行スケジュールを組まなくても、友達の誘いを断り続けなくても、カードの支払いを想像しただけで腹痛が発生するような出費をしなくても、ライブのMCで語られた内容だけで彼の好みを導き出してプレゼントを選ばなくても、誰よりも近くに行きたいと手を伸ばさなくても、それでも選ばれないと虹のふもとにある虚無から目を逸らし続けなくても、もうじゅうぶんだと感じたのだ。あの笑顔を思い出すだけ     
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