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でわたしは単純な幸せを実感できるのだ。彼氏もおらず、アイドルを追っかけていたせいで友達もずいぶん減ってしまったけれど、地味な事務作業を淡々と日々こなし、地味をジェンガのように積み重ねているだけのわたしという存在も、じゅうぶんに思えた。
とりあえず総額いくらつぎ込んだのかは絶対に考えたくないが、あの笑顔を見せてくれたこと、それはいつもの笑顔だったけれど、楽しいと尋ねられて楽しいと、間一髪開けず答えてくれたこと、それらを思い返すときっと残業中であっても幸せな気持ちに浸れるだろう。村上春樹でも江國香織でもないけれど、わたしはわたしのままじゅうぶんだと満ちていける。アイドルを推しまわすことは限りなく時間の無駄遣いに近いけれど、悲しみの戦士という二つ名を持って生れ落ち降下の運命に選ばれたオタクだけれど、あの瞬間、わたしはどこか高いところへ、殆ど言葉を交わしたこともない彼に連れて行ってもらえた。だからもう降りることができる。無理をしなくても、彼のために生きていける。そして少しだけだけど、自分のために生きていけるような気がした。
彼は片方の口角をあげて、銀縁の細フレームが似合う悪の参謀のようなあくどい笑い方を良くしていた。アイドルなのに。細かい輝きを放ちながらどこまでも人工物のような無機質な瞳をしていたのに、笑うと目が埋もれて腺になって、やや不細工寄りになったものだ。
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