降り立つ

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目にあまり感情がのらないひとだ、というのが彼の第一印象だった。口元がゆるんでいても、目が優しく細められていても、眼球の表面は冬の湖面のように冷たく冴えたままだった。どのような言葉がその薄い唇から発されようが、感情によって瞳が揺れることはなかった。怖そうと冷たそうのあいだの印象が生み出した得体の知れなさ、その不確実性は確かに色っぽくも見えた。けれど、年下の男の色気を認められる勇気と素直がわたしになかった。だから少女漫画によくある「気になるあいつ」くらいのレベルに押し留められていた。それでも「気になるあいつ」は知らぬ間に雷にでも打たれたのかと錯覚するくらい衝撃的に美しくて、地味なOLを1人くらい盲目にするくらい破滅的な輝きを全身から放っていた。 電子レンジのディスプレイに映し出される無機質な赤の数字が変化していくさまを、そしてそれによって実感がなくても時は流れていくものだという後悔に似た焦りに胸中を一度潰されながら、わたしはたくさんの人に囲まれた彼の、一瞬見せたあのつまらなさそうな表情を、何度反芻したか分からないあの記憶を、引出から箸を取り出すような容易さで引っ張り出した。 それは、ふいに彼が長い睫毛で目下の皮膚を撫ぜるようにして目を伏せたとき。眉を少し歪めたあと、何かを振り払うように、彼は素早く瞬きをしたのだった。半開きになった瞳は、光を透かす彼の薄茶の瞳は、今まで以上に何も映していなかった。そのときわたしは、おこがましくも彼を理解した気になった――彼はつまらなくて仕方がないんだと。瞳に感情がのらないのではなく、瞳までのぼるような感情がこの場でうまれていなかっただけなんだ。 不確実な神様に隙が見えた瞬間だった。     
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