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彼は美しかった。その確固たる事実はわたしを苦しくもさせ、わたしを地上100メートルの宇宙まで打ち上げることもあった。地獄の灼熱に炙られた次の瞬間には、天国を突き破った先の成層圏の青さに身を清められるような、そんな感情のツアーを彼と過ごす2時間強で何度も行き来した。反復横跳びのように行き来した。いま思い返せば、それすらも楽しかったように思える。地味なOLをずっと続けていると感情の振れ幅も狭くなる。だからメーターを振り切るような喜びと悲しみを味わえたことは夢のようで、わたしは注意深く夢からさめないようにしてきた。一晩を共にする男のひとがいないわたしは毎晩1人で眠るから、誰の寝返りで起こされることもない。深い眠りへ、いつまでも夢の続きを繋いでいられる。
わたしは、今でも夢を見ている。いま彼に会いに行かず、箸で切り分けたお好み焼きを咀嚼しているわたしだけれど、まだ、夢を見ている。縄跳びのように感情を振り回されながら、光にまみれた夢の途中、彼の、中性的な外見に合わない甘く掠れもしないただ低いだけの声が紡ぐ歌に合わせて、サイリウムを振っている。あなたは板の上で、あのときと同じ倦むような感情を持って、やや綺麗すぎる愛を歌っているかもしれないけれど、わたしはその出口のない退屈さを含めて、ここにいてあなたを見ている。鏡のようにただ向けられたものを映しだすだけのがらんどうの瞳がわたしを捉えただけで、隣の若くて可愛くてセンスの良いうちわを作ってきた女の子じゃなくて、さほど若くもなく寧ろうちわ作成で徹夜してさらに老けて疲れて見えるまったく可愛くないわたしを選んでくれるだけで、きっとわたしはあなたのために明日も誰にも褒められなくても働くことができる。悲しみも
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