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喜びも働く意味も、昨日の夕飯に食べたコンビニ弁当も、唇から無意識に漏れる呼気も、すべてすべて、狂気と振り分けられながらもたどり着く先は彼だった。彼のために生きられる。そんな夢を見ている。光を通した硝子が虹色の淡さを纏うような美しさに、凪いだ海の表面が蒼穹の青を吸い取ってさらに透き通っていくように日常は全て彼に吸収され、大事なものの輪郭をすべてぼかして、時間の流れさえも曖昧にして、切り取られた一瞬に生の情熱を捩り込む刹那の夢――たとえそこに実体も確実性もないとしても、わたしは確かに、誰かのために生きられるのだと夢を見続けている。
彼の属するグループのデビュー曲を口ずさみながら、夢からさめないまま、わたしは確実に降り立っていく。お好み焼きを食べ終わるころには、千秋楽の幕は上がっている。メジャーデビューが発表されて、初めてのコンサートである。きっとそこはキリストが降誕した馬小屋のように祝福に溢れていて、彼らに会いに行く女も普段ならば推しのファンサを巡って対立しているが、今日だけは救世主の誕生に駆けつけた羊飼いのように、純粋な幸福を胸に彼らの門出を祝うことだろう(多分)。アイドルは宗教だ。そう言い切ることができるわたしだが、コンサート会場にはいない。わたしはもう羊飼いではないので、変わりに部屋着のまま、冷凍お好み焼きをぼうっと食べている。
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