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降り立つ
降りる。その言葉を始めて聞いたときの、この無い胸に広がった所感を未だに思い出すことができる。言葉の響きがどこか滑稽だと思ったのは、まだわたしは沼の縁に足をとどめていたからで、どこまでも高く登りつめたとてどこかから降りるという行為は未知数なものであり、その言葉からは、たとえるなら一方的な約束を破られたときのような身勝手な絶望と、理不尽な落胆が垣間見えた。
足から絡め取られていくような感覚だった。どれほどの輝きを持つにしても、水底には何もないとどこかで理解はしていたが、足が動かなかった。好きという感情が世界を変えた。変わることを望んだ。
だからわたしはいつの間にか沈んでいた。好きという感情の終着点は虚無であり、その虚しさを指すわたしたちの暗号は「降りる」なのに、沈むところから誰も彼も始まるのだ。
地味なOLらしく、わたしは地味に生きている。いま、生きている、とわざわざ宣言しなくて良い地味さがわたしとこの部屋の隅々までを形容している。ベージュのクッションを蹴飛ばしながら、不自由はない狭さの部屋を横切って冷蔵庫の前に立った。
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