彼女に花束を

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 しかし、心の傷は時にしか癒せないとはよく言ったものだ。あれから1年がたち、僕も人並みの生活を送れる位には戻った。埋めようのない喪失感はあるが、ろくに食事も外出もしないで、ベッドの上で時が流れるだけの日々だった頃に比べれば幾分か癒えたはずだろう。  今日は、璃子の初めての命日だ。  シャワーを浴びた後に着替えて家を出る。電車に乗って規則的な振動に揺られながら目的地に向かう。いつも通りの日常だ。目の前にいる人達も、もしかしたら大切な人を失ったのかも知れない。大切な人の命日なのかもしれない。そんな取り留めのないことを考える。 「まもなく……前、……前。……お出口は右側です」  目的の駅に着いたようだ。人の流れに従って駅から出る。そして、駅前の花屋が目に入った。入店すると扉に備え付けられたベルが鳴り響く。 「すみません、電話した井上です。注文していた花束を受け取りに」 「あぁ、井上祐司さんですね。この花束でお間違えないでしょうか?」 「ハイ。ありがとうございます」  僕は事前に注文していた、マリーゴールドの花束を受けとり、会計をして店からでる。  高層ビル立ち並ぶオフィス街の隅に、献花がまばらに備えられた場所を見つける。璃子の亡くなった場所だ。  そこに、買った花束を添える。およそ死者を弔うには似つかわしくないマリーゴールドの花束が、他の献花に比べ居心地が悪そうに見えた。  僕は、軽く心の中で独りごちる。 「やぁ、元気にしてるかい」     
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