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 芦屋麻衣は憤りつつも、たしかにあの人はそういう人だと自分をなだめた。言うなれば究極の無神経人間だ。なぜあんな人間が占いを信じているのかがわからない。図太さと信心深さは反比例しないのかしら。そんなんだから三十九にもなって結婚出来ないのよ。などと芦屋麻衣は頭の中で小向那岐に何度も何度も唾を吐いた。 「はぁ。もういいわ。ねぇ木下君、編集長は?」 「今日はまだ来てないみたいですけど。……あ、来ましたね」  オフィスの外かららんらんらーんと軽快な歌声が漂う。灰色のドアの先から眼鏡をかけた白髪交じりの細面の男が現れる。 「あ、芦屋ちゃん。おはよう待ってたよぉ」  それは編集長の栗林信昭だった。栗林は満面の笑みを浮かべて芦屋麻衣にハイタッチを求める。 「おはようございます編集長。あの、少しお話が」 「ん? 何? お兄さんのこと?」 「いえ、そういうわけでは……」 「じゃあ何? 仕事の話?」 「はい」 「ふうん。じゃあちょっと、コーヒーでも入れてこようかなぁ。みんなの分も入れてくるね」  らんらんらんと狭く散らかったオフィスをスキップして給湯室に向かう栗林を目で追いながら木下は小さくいった。 「編集長、先輩がいない間は静かだったんですよ。今日はご機嫌ですけど」  芦屋麻衣は「そう」と呟いて小さく笑った。小向から受けた不快さは栗林のご機嫌な動きでどうでもよくなっていた。
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