一冊のノート

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「うわ……」  覗き込んで言葉を失くした管理本部一番若いシステムの矢野さんに釣られて、同じシステム課の長身メガネの佐久間さんが覗き込む。 「ヤバいですね、これ」 「夢に出て来そうじゃないですか?」  呪いみたいと、社交的で小柄な、総務課のえりさんが笑いを誘ったが……笑えない。  ノートを覗き込み、次々とドン引きしていく。 「これって……」 「……パワハラ?」 「ギリ、セーフ?」  一同に顔を見合わせる。  おそらく契約獲得出来ない営業部員に上長が書かせたものなのだろう。  この秋、上場する動きのある今、『パワハラ』が行われていたとなると企業イメージのダウンに繋がる。 『ブラック企業』として名前を連ねた暁には来春の新卒採用者がゼロに繋がりかねない。 「このノート、飛んじゃった人の物、ですかね?」  同じ島に席のあるシステム課から労務課にノートが回ってきて受け取った、チャラメガネをかけているのに根は超真面目な篠原さんがパラパラとページをめくりながらそう呟く。 「ノートが残されている、ってことはそういうことなんでしょうね……」  篠原さんの向かいの席、同じく労務のほんわか雰囲気の癒し系、愛さんがそう答える。  連絡もなく欠勤が続いて、連絡が取れないまま退職した人をこの会社では『飛び』と言う。  20代前半の若いアルバイトさんの多い会社だからなのか、はたまた営業未経験者が高額な時給・月給に釣られて入社したものの、シビアな成績付けについていけなくなるのか『飛ぶ』人が多く、欠勤が続いて一ヶ月以上連絡が取れなくなった人は退社扱いとなる。 「このノートどうするんですか?」  篠原さんが一之瀬本部長にノートを返しながら尋ねると 「使われていないページをどなたかに使っていただけたら、と思ったのですが。……篠原さん、どうですか?」  逆にノートが返ってきてしまい、篠原さんは慌てて押し返した。 「いやいや、いらないです。何か……コレを使ったら呪われそうじゃないですか。しかも残りのページ少ないし」 「遠慮なさらずに」 「えーっ!? いや、本当にいらないんですけど」  半ば押しきられる形でノートは篠原さんの手に戻ってきた。  篠原さんもこれには困ったようで 「……いります?」  こちらに振ってきたので、笑顔で答える。 「遠慮しときます」  そんな曰くのありそうな物はこちらとしてもお断りだ。
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