ある日曜日に

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薙澤さんのその言葉がじーんと心に染み入るようで、それを噛み締めていた。 私が何も返さなかったので、結果として出来た沈黙。その間が、嫌なものではなくて、必要な時間のように感じた。 薙澤さんの言葉を受け止める時間として、そして、受け止めていることを伝える時間として。      「どこにも連れて行けなかったって、心配されてましたよ、薙澤さん」 ゆっくりと発した言葉 その言葉を受け止めて、薙澤さんの顔が、より柔らかな表情に変わる。 でも、柔らかいだけではなくて、その表情には切なさを孕んでいて、大切な人を慕い遠くの空を仰ぐように見上げた薙澤さんは、「そんな事ないのにね……」と、呟くように話した。 その瞳には、輝くものが見えて、「あの病室で過ごした時間がね、どんな場所よりも、私にとっては素敵な場所だったのにね」と、天に向かってそう話した薙澤さんは、ゆっくりと瞬きをした後に、私の方を向き直して、「そうあの人に言い忘れてたわ」と言って、にっこりと笑った。 「ごめんなさいね、長話に付き合わせちゃって。ご主人待ってらっしゃるのに…」 「あっいえ……主人ではないんです」 慌てて訂正する私に、「あら、ごめんなさい。雰囲気が似てらしたから、てっきりご夫婦かと思って……。そう、これからなのね」 なんと返事をしてよいのか困っていると、フフフッと薙澤さんは笑って、「お父さんも喜ぶと思うわ」と言って、「じゃあ、そろそろ失礼しますね」と、話を切り上げ始めた。 「伊藤さん、今日会えて良かったわ。ずっと、あなたに会いたかったから。今日話せて良かった」 「はい。私もお会い出来て嬉しかったです」 うんうんと、何度も頷いた薙澤さんは、「ご主人にもよろしくお伝え下さいね」と言って踵を返すと、「私も、今日はお父さんに楽しい話がたくさん出来るわ」と満足気な様子で会釈をして去って行った。
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