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夜の9時過ぎ ドラックストアの冷凍食品のショーケースの前で、伊藤紗都(いとう さと)は、妙に感心していた。 『夜9時からの一人飲みに、よだれ鷄 』 冷凍食品のパッケージに書かれたそのネーミングが、まるで自分に訴えかけているのではないかと思うくらい、今の状況にぴったりで、なかなかやるなぁーと心の中で呟く。 業者の目論見通り、そのコピーに惹かれて食品を手に取り、そして『よだれ鷄』という名に相応しい流れ落ちそうな雰囲気を出した文字。 また、甘辛そうなタレがたっぷりとついたその写真に、口内に唾液がじわっと溢れてくるのを感じ、今日はコレだなっと、ほぼ決断し掛けていた。 でも、こんな業者の思惑通りに、乗っかってしまっていいものかと、急に湧いて出た気持ちに、一旦商品を冷凍ケースに戻す。 自分の掌に乗るほどの小さなパッケージの割には、4割引で298円という、強気な価格設定からも、業者の自信の程が受け取れる。 でもなぁーなどと、他に客が見当たらない事に油断しきって、一人で思う存分悩んでいた。 客観的に見たら、アラフォーの女が、こんな時間に、冷凍食品一つ選ぶのに悩んでいる光景なんて、寂しいと侘しい以外の何者でもない。     
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