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スタンピードは魔獣達が異常に活発化し、世界中の国という国を襲う災厄の日だ。勇者がいれば回避できるものなので、僕は気にしちゃいなかった。それが間違いだったと、今となってはわかる。この勇者も、国を捨てたのかもしれない。
僕は、ライアンと同じ勇者を睨んだ。だが、勇者ジークは気にしていないように振る舞った。
「お前さん、もしや記憶喪失でもなってしまったのかい?今時スタンピードが起きたことなんて、赤子以外は知ってるものだぜ」
「…………まぁ、そうだな。記憶がない。」
記憶が曖昧なので、嘘じゃない。だが、居心地が悪くなった僕は軽く首元を擦る。
「おいおい、どういうことだよ。そんな状態でよく魔獣と遭遇しなかったなぁ」
「そうだな。僕は、幸運だったらしい」
「……へぇ、お前さんすげぇな」
黙り込んだ勇者ジークを放置しようと思った僕は、国境に向かって歩き始める。すると後ろから、声がかかった。
「よかったら、隣国のエリスタまで送ってやろうか?」
この男の、真意が見えない。後ろ髪を掻きながら笑うこの勇者の表情には邪気がない。それが、返って不気味に感じた僕は、立ち止まったことを後悔した。
「要らぬ世話だ。」
「まあ、待てよ。記憶がないってことはなにかと困るんじゃないか?」
馴れ馴れしく肩に手をのせる、その男はニカリと笑った。
「お人好し、か……」
僕は口の中で、そう呟いていた。首をかしげる彼を余所に、僕は頷いた。
「よろしく頼む」
「いいってことよ!」
斯くして、僕の旅に勇者がついてくることになった。勇者を殺したい者が、別の勇者と共に歩む。随分、皮肉な状態だ。だが、この男をうまく使えば、容易く勇者ライアンを探し殺すことができるだろう。
見つけた後は、どうとでもできるはずだ。
この男もいずれ国を捨てる。
人殺しなのだ。
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