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「私は綺の女王ダリア。お前の名前は、なんだ?」
「僕は……」
僕は答えに窮することになった。殿下と呼ばれていたことは覚えているが、自分に関わることの殆どが記憶に無かった。そもそも、僕に名前があったのだろうかと、疑問に思う。いや、名前なんて記憶がない。呼ばれたことも、きっとないだろう。
「名前はない、と思う」
「そうか……」
目を細めた彼女は、息を吸い込むと再び高らかに笑った。
「ああ、そうか。それはちょうどよかった」
首をかしげる僕を気にせず、ダリアと名乗った彼女は一人で悦に入っていた。体に纏わせている植物を一緒に震わせて、笑う。
彼女はおぞましく、戦慄するような相手だ。なのに、僕の心は熱く震えていた。不快ではなく、寧ろ快感に近い。僕もまた、喜びにうち震えているらしい。
そして、クッと笑いを噛み殺したダリアは、話を切り出した。
「名無しよ。この私が忠告をしてやろう。お前の感性がまともならば、初めから棺桶に籠っておくがよい」
ニンマリと笑う、女王の目が爛々と光る。その口から覗く白い牙は、肉食獣のようだ。皮肉げに笑う彼女は、この世で見た誰よりも美しい。
「棺桶の外は自然に抗うことを信条とした生者どものが蔓延る地。不死者となったお前には、行き辛いだろう」
「僕が、不死者……?」
不死者とは、人間が望んでやまない不死を持つと聞いたことがある。不死の動物の神話は、聞いたことがある。だが、それは伝説でしかなかったはずだ。
「そんなはずが……」
「私に同じ事を言わせるな、名無し」
「…………ッ!!」
彼女は紫に染まった爪で僕の体を切り裂いた。ライアンの時のように、激痛が走るだろうと思った僕は、体を緊張させた。だが、一向に痛みが襲ってくることはなかった。くすぐったい感覚が広がり、じわじわと皮膚が繋がる。飛び散った蔦のように、赤い血が地面を這う。
驚きに彼女と自分の体を見比べた。彼女の爪に付着した肉片も、僕の元に這ってくる。汚ならしく、醜い光景を女王は笑って見ている。
これならば、不死者としてもおかしくはない。
「では、話を戻そうか。
棺を出たとして、これからどうする気だ」
「これから……」
「お前の体は不死者と成り果てた、ただの死に損ないだ。まともな者なら、生き腐ることを選ぶだろうよ」
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