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「僕は、アトラン……」
アトランという名前は僕の耳にとても馴染んだ。かけ違えたボタンを直した瞬間のような、そんな不思議な感覚。感謝の念が膨れ上がり、僕の口は自然と言葉をこぼした。
「ありがとうございます」
「気に入ったようで何よりだ」
女王は満足げに両目を閉じて頷いた。
だが、再び目を開いた時に、その眼光は鋭く僕を貫いた。ぞわりと全身に鳥肌がたつ。
「棺の外に出るならば、無惨に壊れ続けて利用され尽す未来は避けられない」
それはまるで、本当に見てきたかのような言い方だった。
「心折れるまで何度でも死ぬより辛い責め苦を味わうことになる。だが、それでもいいならば……好きにするといい」
突き放すような口調。しかし、女王の目は悲しげに伏せられた。僕を見つめながら、誰かを重ねてみているらしいと、やっと気がつく。
「ご忠告、感謝痛み入ります」
「精々、私の邪魔をせぬように足掻くことだな」
一礼した僕から目をそらした女王は、空を見上げた。そこには、煌々と地上を照らす月があった。
生前よりも、明るく見える。それは夜目が効くという範囲を越えて、昼間ではないかと錯覚するくらいに。そして、月光に照らされながら、憎々しげに月を睨む女王は、まさに夜の女王だ。
「夜の女王ダリア様、ありがとうございます。僕は、旅に出ようと思います」
「そうか……」
興味無さげに頷いた女王は、霧のようなものを纏い、全身が黒くなっていった。そして、煙のように質量がなくなっていく。
「運命は残酷だ」
その一言を残して、女王は消えた。
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