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夜の静寂に一人残された僕は、周囲を改めて見渡した。無惨に打ち捨てられた聖堂の跡が、月光に照らされている。その姿を見ていると郷愁の念に駈られた。そして、僕はポツリとあの名前を読んだ。
「ライアン……」
それは、僕を裏切った者の名前。英雄として祭り上げられるほどの偉業を成し遂げた者。そして、人類の敵である女王ダリアと対をなす勇者として選定された者。
勇者。
僕は、ライアンにずっと憧れていた。そして、同性だからこそ羨み嫉妬もしていた。僕のひ弱で軽い体とは違って、厚みがある筋肉に覆われた美男子。波立つ湖のような腕は太く、頼もしかった。確固たる意思を示すような凛々しい眉。堅実そうな低い声で、僕を殿下と呼ぶ彼。
彼の名前を呼ぶと懐かしさとともに、怨嗟が入り交じる。何故、僕を裏切ったのか。何故、笑っていたのか。
一人の殺害は悪漢を生み、百万の殺害は英雄を生む。数量は神聖化する、らしい。だとすれば何故、僕はその百万の一人に入ってしまったのか。
曖昧な記憶を探るが、一向に答えは出ない。憎らしく思う気持ちと、信じたいと望む気持ちがせめぎ合っていた。
「今更……今更何を」
殺されてもなお、僕はライアンを信じたいという気持ちが残っていた。首を振って振り払おうとするが、消えない。
周囲を再び見渡す。聖堂は、屋根がなく壁も微々たるもので、吹きさらしになっていた。遠くに見える城からは明かりがなくひっそりと静まっている。劇的な違和感はすぐにわかった。この国には、もう人がいないのだ。
僅かな息づかいに目をやれば、犬型の魔獣が群れをなしていた。やつらは、警戒する僕をよそに一瞥のみで、離れていった。
不死者は襲われないらしい。そんな驚異的な事実だが、僕の思考は更に走り始めた。
戦争でも、革命でもこのような様になるはずがない。
国が滅び、魔獣が闊歩するだなんてこと、勇者ライアンがいる限りありえない。女王ダリアは、棺から出るなと言った。彼女でも、勇者がいる地を攻めることはしない。それは、長きにわたる魔の研究から分かっている。
だが、一つだけ確実なことがあった。勇者が定住し、離れた国は必ず滅ぶ。
ライアンは、僕を裏切っただけでなく、この国まで見捨てたらしい。
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