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「当社のご提案は以上です。ご不明点はございますか?」
「……そうだね。コストも提案も申し分ないよ。ただ、一点」
その言葉とともに、資料を見ていたカネスエの部長の視線がこちらに向けられる。
鋭く、真剣な眼差し。
それを受け止めながら、次の言葉を待った。
「私たちとしては、コストは絶対なんだ。この資料を元に予算を取るからね。うちも小さな会社ではないから、再び予算変更をする場合はかなりの手続きがいる。このイニシャルコストは前提が崩れたらもっと費用が掛かるとおっしゃったが、例えばどういう場合に場合にどのくらいの費用がかかるのかをお聞きしたい」
「はい……」
まずい。
まるで頭が汗をかいているかのように熱くなって、一気に冷えていく感覚に襲われる。
イニシャルコストの前提と費用については香取さんに教えてもらったはずだ。
でも、言葉が出てこない。
――思い出せ。
今のマニュアルの状態、引継ぎの日数、それから――
手に汗がにじみ出て、全身が心臓になったかのようにその脈打つ音があまりにも大きく耳に響く。
「……イニシャルの前提ですかぁ」
どこか張りつめた空気を和らげるように発せられた、少し腑抜けた優しい声。
瀬名さん……
「それは現場から説明した方が確実かもしれませんね。現場の香取よりご説明しますね」
「それでは、私からご説明致します。まず、現在のマニュアルの……」
あんなに、準備したのに。
思わず下を向きそうになるけれど、慌てて視線を前に戻す。
香取さんの言葉に耳を傾けて、しっかりとその内容を頭に叩き込む。
先方が目の前にいるけれどメモをとる。
私が説明できなかったということは明白。
ここで見栄を張っている場合じゃないし、見栄を張ったところでこれだけ大きな会社の部長クラスにはばれてしまうだろう。
だから学ばないと。
瀬名さんがいつも言う。
営業は信頼してもらうこと、そして、可愛がってもらうことも大事だって。
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