犬の体当たり

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犬の体当たり

あの時キミの体に込められた弾は一発だけだったろう。 膜がかかった瞳に映るものはもう何もなく、 ただその心だけが私の居場所を知っていた。 子供の頃のわがままを謝りたくても私は謝る言葉を持っておらず、 親犬の舌のつもりで、右手でやさしく彼女の体を舐めた。 キミの体にはもう怒りも憤りも残っておらず、 ゆっくり眠ってゆく。そう思っていた。 しかし最期の力を振り絞ったキミは、 残された力で私に思いきり体当たりを喰らわせた。 キミはすべて知っていた。 うしろめたい私の気持ちも。 お腹いっぱい愛を受け取れなかった自分の運命も。 そして生まれたての子犬のように、キミは私を舐めて体をすり寄せた。 鼻を鳴らして、私に体を預ける…… ありがとう 子供の私は報われた。 最期に私に触れてくれてありがとう。 その後旅立ってくれてありがとう。
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