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その時、ふいに鳥肌が立つほどに背筋がぞくりと冷えた。同時に強い視線を感じて、仁那は後ろを振り返る。
「仁那ちゃん?」
凛太郎の声を無視して周りを見渡すが、その視線の持ち主は見つからない。
「どうしたの?」
満潮を迎えつつある海は午前中よりも砂浜の面積を狭めている。
傾きかけた陽の光に照らされたパラソルやテントの姿は数えるほどしかない。
日中は水着姿の客で席を埋めるほど賑やかな海の家も、後は閉店を待つか、夜の客が飲みに来るのを待つか、吹き抜けの淋しい空間をさらしている。
海水浴客も、家族連れはすでに姿もなく、残る夫婦や恋人同士も片付けを始めている。
気のせいだったか。仁那は全身の毛が逆立ったような感覚に気をとられつつも、隣で何度も声をかけてくる凛太郎にうるさげに視線を戻しかけた。
その視界に、50mも離れていない所に佇む青年の姿が入る。
背筋を伸ばして正面の海をまっすぐ見つめる姿は、凛として清涼な風情を感じさせる。
でも仁那が目を止めたのは、その格好ゆえだった。
現代の、いや海にはまったく似合わない和装だ。
鎌倉という土地柄、観光客にしろ地元の住人にしろ和装の男女は比較的多い。
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