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でも青年の場合、現代の男性が着こなす男着物ではない。歴史の教科書から抜けてきたように、袴も袖も現代のそれとは違う直垂姿。つまり武士の普段着の格好だった。
海からの風を受けて、白く家紋らしき紋様が抜かれた濃い青地の袖と裾、そしてそこから伸びる辛子色の紐が軽やかに弧を描いてはためく。
たまに観光客相手の武士の鎧姿をした人が現れる鎌倉だが、それとは一線を画した堂に入った姿だ。しかもその腰には日本刀らしきものが2本さしてあり、頭にも烏帽子をかぶっている。
あまりに本格的で、彼に気づいた周囲の海水浴客も好奇な視線を送り始めている。
「なに、あれ……めっちゃウケる……」
思わず吹き出しかけた瞬間、青年が眉をひそめて仁那の方角を見た。
「やっべ」
目が合ってしまった仁那は慌てて顔を背けた。そして白いラッシュガードパーカーをばさりと羽織ると、スマホやペットボトルをバッグに突っ込み、足早に歩き出す。
「え、え、待って!」
置いていかれると慌てて凛太郎がシートを片付ける。
その時、ボコッ、と音がした。
「ぎゃっ」と悲鳴をあげて、凛太郎が尻もちをついた。
「なーにやってんだよナヨタロー」
振り返って呆れた仁那は、いったん戻ると凛太郎の手からシートをひったくった。
「だって、今なんか足をつかまれ、て、」
凛太郎の言葉が途切れた。
「さっさと起きろよ、もう……ナヨタロー?」
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