第一小節 一人で生きる。

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同じ会社だった、一個上、野田圭介、好きだった、病気のことを何回も相談しようとした。でも、大きくなるおなかに彼は喜んだ、違うと言っても、信じてくれなくて。 男ができたんじゃないの?違う男のものだろうという女の話を真に受けた彼は、その女と一緒にホテルに入っていった。 悪びれるでもなく、私の目の前を堂々と、あの時の女の顔は忘れない。 勝ち誇ったような顔で、彼の腕に縋りつき、ざまーみろというような顔。 圭介も年貢の納め時だな。 結婚の噂はすぐに広まった、そこには私じゃない違う女がいた。 会社を辞めた。 引き留めてほしかった、ちゃんと話を聞いてほしかった。 女じゃなくなる選択肢を一緒に考えてほしかった。 口げんかする暇さえも私にはくれなかった。 もうどうでもよかった。 だから男はいらない。 だからメモ一枚でわかれた。 そう、決心したのは私だから… 次の日 「あのー?」 「いらっ」 そうだ、彼は知らない、私の事を。 息を整え声を出した。 「いらっしゃいませ」 黙々と仕事をする。 ―すみません 「はい、いらっしゃいませ」 工事関係者の子、かわいい子だ、こんな子がガテン系か、お、いいのが浮かんだ。帰ったらすぐにアップしよう。 「はい、それではお昼ですね、確かに」 「あのー、清水さんてバイト?」 「パートよ?どうして?」 「若いかなーと思って」 「ありがとう、いいおばさんです、では確かに、お昼お待ちしております」 頭を下げる若い子。 視線に入ってきた彼、まだいる。そのまま引っ込む、誰かに代わってもらえばいい。 バックヤードの扉を押した。 「清水さん」 「恐れ入ります、関係者以外は入れませんので、どなたかとお間違えじゃありませんか?」 胸のネームプレートを指さす。 あー、そうか。 話がある、帰りにどこかで。 「ごめんなさい、彼とはもう終わったんです、もうお話することはありませんから」 「恐れ入ります、ここは関係者以外」 副店長が来てお客を外に出した。 「誰?」 もめごとかといって顔を出した人たち。 「元カレのお兄さんみたい」 「みたい?」 「よくわかんない、ありがとう、チーフ」 ごめんなさいね、なんて言いながら調理室へ入り、副店長にも後でありがとうと言っておいた。
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