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息を吹き返したかのように蛍光灯が点灯した。部屋を照らす。
「冴子さま!」
ベッドに横たわったまま首を動かす。画材で溢れた部屋のドアのそばに、スーツ姿の玄丸が立っていた。指は蛍光灯のスイッチを押している。
「追いましょうか!?」
そう矢継ぎ早に言うと、玄丸はひとつに縛った長い黒髪を振り乱し、みるみるうちに犬の姿に変貌し、床に前脚をついた。
黒い精悍な犬になった彼は、鋭い眼光で壁の向こうを睨む。ピンと耳を立て、牙をむき出した。今にも飛び出していってしまいそうだ。
「……いい」
わたしは突っ張っていた腕を下ろした。ダルい。手にはスプレー缶を握っていたが、たまらなく重いわけじゃなかった。
ため息をつく。気がつくと、秋の夜中なのに汗をビッショリかいていた。
「思い当たりはあるんだ。明日、もう一度依頼主のところへ行こう」
玄丸はとがった歯を引っ込めた。耳を後ろに垂れさせる。
「おそらく今夜はもうこない。ゆっくりおやすみよ、玄丸」
寝転がったまま指を二本立て、唇に当てる。指の間からふっと息を吹く。
少しだけしおらしげにこちらを見ていた艶のある黒い犬は、瞬く間に姿を消し、あとには白い紙の人形だけが残った。わずかな風に舞う。
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